最近の日本人は、留学というのは名ばかりで、実は遊学も同然だ、どーのこーの、と分別くさいことをいう憂国の士をいろんなところで見かける。
ところが、30代前半の幹部候補社員を毎年数百人単位で世界中に強制遊学させていた企業がある。
・学校にいってはいけない
・もちろん働いてはいけない
という条件をつけて。
この企業は、今年米インターブランド社とビジネス・ウィーク誌が共同で発表した世界のトップブランド100で20位に位置づけ、ソニーの28位を抜いたと最近話題になった韓国のS電子。
数年前、遊学中の彼らに初めて会ったとき、来日した事情を聞いてもなにやらぴんと来なかった。
要するに遊んでこい、と会社が言うのである。
MBAなんてとって、帰国後、会社の発展に寄与してはいけないのである。
同国人の友人のネットワークを形成して、帰国後のビジネスに役立ててもいけないのである。
ワンルームのマンションを借りて、毎日ぶらぶらと遊んで来い、韓国人同士で固まってくらしてはいけない、日本の社会をじっくり見て来い、というのが唯一のミッションなのである。
最初は冗談かと思ったが、実は全社をあげて取り組んでいる本格的な遊学プログラムであることがだんだんわかってきた。
遊学先は、アメリカ、イギリス、ドイツなど世界各国。滞在期間1年弱、最初、しばらく集団で研修を受け、その後は解散して、一人暮らしを始めることになる。
彼らは全員、いわゆる「エリート」で、半導体やDVDの設計にたずさわるエンジニアが多かった。受験は苛烈、仕事も24時間体制、それはそれは熾烈な競争社会で階段を駆け上がってきた彼らは、例外なく優秀だった。疾走してきた彼らの人生に1年の空白期間を設けることでS電子は彼らに何を望んだのだろう。
30代前半で幼い子供のいる家族を残し、ひたすらに打ち込んだ仕事を離れ、浪人生のように見知らぬ国で時間を送らねばならないとは、どのようなものか。
そもそも一人暮らしが初めてという人が多いのである。
その上、一人暮らし自体に耐えられないというタイプが多いのである。
結果は、「尾崎豊が心に沁みる」という人あり、会社に見つからないようこっそり新宿の韓国バーに通う人ありと、みんな思春期のショーネンに戻っていた。
日本語能力に関しては、ここに書くまでもない。日本語能力試験1級よりさらにグレードの高いS電子独自の試験にパスするだけあって、我ら日本人教師に共起制限などの文法を滔滔と論理的にレクチャーしてくれる。
私は、彼らを人間文法ハンドブックと呼んで、日本語文法についてよく質問をした。いやー、ほんとに優秀であった。
さて、しばらくたって彼らにソウルで再会すると、思春期のショーネンはきれいさっぱり消えうせて、すっかり元のモーレツ韓国人エンジニアに戻っていた。これには別に驚かないが、ミッションがないというミッションを課すS電子のスケールの大きさは、今でもやっぱり信じられない。
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